厳しくして成長する人なんて一握りだという話

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先日、定時で帰るの大好きさんの「厳しくして成長する人なんて一握りだって話」というnoteを読んだ。


このnoteでは「世の中の上司がよく言う「あえて厳しくしている」なんて発言は9割9分9厘がウソだ」と痛烈に批判しており、非常に楽しく共感しながら読ませていただいた。

参照:厳しくして成長する人なんて一握りだって話

確かに世の中では「厳しい職場や上司に耐え抜いて成長することが大事だ」という風潮がある。


しかしそれは本当だろうか?


今回はそんな「厳しくして成長するのは本当なのか」というテーマについて書いていく。


定時で帰るの大好きさんにリスペクトを込めて似たようなタイトルにさせて頂いた(指摘されたらタイトルは変更するつもりです)。

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厳しくして成長する人なんて一握り


結論から言うと僕は「厳しくして成長するなんてほんの一握りの人だけ」という定時で帰るの大好きさんとほぼ同じ考えをしている。


必要以上に厳しく叱責したり、キツイ言葉をかけたり、長い時間説教してもその人の成長になんてつながらない。ただメンタルが傷ついて終わるだけだ。


こういう考え方を述べると、ほとんどの人は拒否反応を示すだろう。


それもそのハズで、日本人はとにかく「ツラいことや厳しい逆境に耐えて、成功を掴む」と言った話が大好きだからだ。


だから厳しくてツラいことに耐えて成長する人を称えるが、それは
ただの生存者バイアスに過ぎない。


厳しく過酷な環境の中で潰れてしまった人の声は届かない。仮に届いたとしても「途中で逃げた根性なし」みたいな烙印を一方的に押されてしまう。


そうしてたまたま生き残っただけの人をみんなが「成功者」として扱う。


そしてその人も自身の体験が正しかったと思い込み、下の世代の同じようなパワハラや厳しい指導を行う。


そうした負のサイクルが繰り返されているような気がしてならない。

強制と服従の時代は終わった


なぜ僕が必要以上に厳しく指導することに意味がないと感じるのか?


それはこの記事のトップ画で桜木先生が言っているように「強制と服従の時代は終わった」からだ。


そう、単純にもう強制的に厳しい指導をしてツラいことを耐えさせるなんて時代に合っていないのだ。


確かに昔は学校でも職場でもスポーツでも、強制的に服従させてパワハラ全開でスパルタ指導をすることが是とされていた。


それが時代に合っていたし、それに耐えることが美徳とされていた。


しかし今は全くもってそんな時代じゃない。


最良の環境でポジティブな気持ちでトレーニングすることこそが能力を高められると考えられている時代なのだ。


時に厳しくすることももちろん大事だが、怒鳴る・暴言を吐く・暴力を振るう・必要以上にキツい言葉で叱責すると言ったパワハラをしても成長なんて全く見込めない。


そしてこれからを生きる若い世代ほどそうした価値観になっている。


古い世代の人たちほど「自分たちはこんなにツラい思いをしてきた。だからそこから逃げたら成長できない」という考え方がまだまだ根強い。


しかし人間や世代の価値感は変えられないのだ。


これからの時代は必要以上の厳しさやパワハラによる根性とかはどんどんなくなっていくべきだし、そこに対応できない組織や指導者は自然と消えていくことだろう。


今はまさにその過渡期にあるのだと思う。


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ゆとり世代のスポーツ大躍進は教育にアリ


なぜ僕が必要以上の厳しさやパワハラなどが成長につながらないと断言しているのか?


その根拠は「ゆとり世代アスリートの大躍進」にある。


あなたがスポーツに詳しい人ならご存じだと思うが、ゆとり世代のアスリートは「ゴールデンエイジ」と呼ばれている。


大谷翔平や羽生結弦、高木美帆や藤浪晋太郎などアスリートたちが世界でその名を轟かせている。


今の若い世代のアスリートたちはなぜ世界で活躍できているのか?


その理由をホリエモンこと堀江貴文氏は「ゆとり世代のアスリートにはパワハラや体罰がなかったから」と考察している。


僕もスポーツ経験があるからわかるのだが、監督が暴言を吐いたりキツイ言葉で責したりミスに対して激しくキレたりするとパフォーマンスの質が明らかに落ちる。


暴言によってメンタルが委縮し、思い切ったプレーができなくなったり自分のプレーに自信が持てなくなった経験があなたにもあるかもしれない。


そして何よりもパワハラや暴言などは、その人のクリエイティビティ(創造性)を奪ってしまう。


昔は今よりもそれが酷く暴力すら当たり前にあった。そんな中で成長なんてできるハズがない。


現代では流石にそういった行動が問題視され、最良の環境でポジティブな気持ちでトレーニングする流れに変わってきている。


そうした方向に変わったからこそ、現代のアスリートは世界に通用するように変わったのではないだろうか。


そして残念ながら、今の日本ではこの昔のスポーツ環境にも似た暴言などによるパワハラが横行している職場や上司がまだまだ多い。


そしてそんな職場にいる人間が「成長のためあえて厳しくしている」なんて平気で言っているのが実際のところじゃないだろうか。


だからこそ僕は必要以上に厳しくしたり、パワハラ指導をしても成長なんてしないと考えている。


誰だって必要以上に怒鳴られたり暴言を吐かれたりするのなんてイヤに決まってる。


そんな中でする多少の成長が何の役に立つというのか。


心理的に安心できる環境の下でポジティブな気持ちで働くことこそが、現代の職場における成長につながるのではないだろうか。


ブラック企業殺されたくない人、辞められない理由についてまとめたnoteはコチラ

まとめ


今回は久々となる「働き方」をテーマに記事を書いた。


僕がオープンチャットで交流がした人の中には、厳しい職場で潰れてしまった人がいたこともこの記事が生まれる一因だった。


話を深く聞いてみると、その上司がしているのは明らかにパワハラモラハラなのに周囲が「あなたのためを思って厳しくしてくれてるんだよ」と言ってる姿にはゾッとした。


甘やかすのはもちろんよくないが、「あえて厳しくしている」なんて言葉を僕は信用していない。


必要なことを必要な時に、普通に言うだけで人は普通に成長していく。時に厳しい言葉も必要だろうが、それを常に言う必要は全くない。


自分のメンタルを病んだり鬱になりそうになってまでする成長に意味なんて本当にあるのか?


そこまでしないと本当に成長できないのだろうか?


その辺もしっかり考えた方がいいと僕は思う。


定時で帰るの大好きさんは、世の中の常識や働き方を批判する姿が痛快で僕もXをフォローしている。


興味を持った方はぜひフォローしてみてほしい。


それでは。


ブラック企業殺されたくない人、辞められない理由についてまとめたnoteはコチラ

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